“ぜんざいと云う男“
シャリっ!
江戸川区は朝の七時、日課のがつむとみかんを齧る音が十畳のダイニングに響き渡る。
「ぜんざいお兄ちゃん!また、がつむとみかん食べてるの?」
彼女はおしるこ。東京の高校に通うため、福井の実家からぜんざいの家に下宿している17歳の女の子だ。ぜんざいとは実家が隣同士で、幼い頃から兄妹のように育ってきた。
「がつむとみかんは僕の生きがいですから。一日に三本は摂取しないと。」
一日にがつむとみかんを三本食べることを自らに課している彼の名はぜんざい。この家の主である。この家は親の東京に所有する家だが、空き家になっていることをいいことに、我が物顔で移り込んできた。ぜんざいと云うのはこのように少し圧かましさのある男だ。
「おしるこ。それより早く学校に行く準備をしてください。朝食の黒ゴマはそこに用意してありますよ。」
ぜんざいは冷蔵庫のがつむとみかんのストックを確認しながら言った。
「わかってるよ!」
朝食のゴマをすり鉢の中から一握りして一気に口に流し込んだ。一日に二〇〇三粒のゴマを摂取する彼女は、一握りでゴマが何粒か把握することができるようになっていた。
「やった!今日は一回で二〇〇三粒取れた!何か特別なことが起こりそう!」
日課のゴマを一回で握れたことに大喜びしながら、ゴマをモシャモシャと咀嚼するおしるこ。
「おはようさん!」
玄関からガサツで粗暴な挨拶が聞こえ、おしるこは口の中で半分ペーストとなったゴマを吹き出した。この声の主は綾瀬飛鳥のものだ。右脳が暴力、左脳が金銭で支配されている彼は自分を任侠一家の組長だと思い込んでいる少し残念なおじさんだ。みんなは彼に気をつかって組長と呼んでいるが、本人は気を使われていることに気づかず、気を良くしている。そんな彼は最近ぜんざいと知り合い、頻繁に家に遊びにくるようになった。ぜんざいは内心少し迷惑だと感じているが、この残念おじさんへの好奇心に負け、高頻度の家への訪問を看過している。
「ぜんざい!聞いてくれよ、実は昨日…」
家に来るや否や日頃の文句を垂れ始める組長。ぜんざいは表面上は彼の話を楽しそうに聞いているが、その瞳には彼を憐れむ感情と嘲る感情が半々で入り混じっている。おしるこはこの残念おじさんが少し苦手である。せっかくの憧れのぜんざいお兄ちゃんとの生活に土足で踏み入ってきては、度々二人の楽しい時間を邪魔してくるからである。
「組長!朝から愚痴を言いに来たの?組長と違って私たちは忙しいんだから用事がないんだったら帰ってよ!」
不機嫌な様子でおしるこが言った。
「お、おぅ…そうだ!大変なんだ、二人ともすぐに来てくれよ!」
おしるこの言葉に本来の用事を思い出し、慌てた様子で話し始める組長。暴力と金に支配された頭には重要な出来事でさえ記憶するには大いに難があるようだ。鶏のトサカのような長髪にも関わらず、脳の作りは鶏未満である。
「とにかく来てくれ!」
言葉で伝えることは不可能だと瞬時に判断した組長は二人の手を引き家の外へと連れ出した。にやにやと楽しそうなぜんざいとは裏腹におしるこは口をへの字にし非常に不機嫌な顔をしていた。
〜つづく〜
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